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日テレ追悼番組で。

マイケルが亡くなってから1年目のアニヴァーサリーの前後、メディアは様々な特集を組んだり、イベントが行われたり、賑やかな喧騒が続いていました。
やっとそれも少し落ち着いてきた頃かなと感じてます。

自分自身もそうなんですが、純粋にマイケルの神がかり的な才能や功績、深いメッセージの意味を、しっかりと落ち着いて噛みしめることができる時期をようやく取り戻しつつあるような気がします。

この1年間、私はこのブログで、主にマイケルが受けた理不尽な争いごとや誹謗・中傷の数々、そして、この天才が後年受けたあり得ないほどの不当な評価に対して怒りをぶつけてきました。

本来なら、静かにマイケルに感謝をしながら、素晴らしい音楽やパフォーマンスの数々に浸って、彼が与えてくれる特別な光に癒されるだけの日々を過ごしていたかったのです。
しかし、亡くなった後、思い出したかのように繰り広げられた過熱報道合戦の中にあって、過去のスキャンダルをまたしても誤った解釈でいかにも知ったかぶりをして語り始めたマスコミに、私は再び悪夢を思い出し、黙ってはいられなかったのです。

掌を返したようにマイケルを奉り上げている割には、中身のない、無知で表面的な内容ばかりの報道。スキャンダラスな面ばかりを取り上げて、相変わらず間違った情報を不特定多数の人々に、あたかも真実のように話しているマスコミには、怒りと危機感を覚えました。

このままでは、いつまでたってもマイケルを誤解したままの人は消えない。とても悔しく悲しくなった私は、例えたった1人の人にでもいいから、本当のマイケルを知ってほしい、真実を知ってほしいと強く願い、自分の書ける範囲で、マイケルが受けた誤解について書いてきたつもりです。

書いているうちについつい怒りが先行してしまい、かなり興奮気味なダラダラとした文章が多かったと思います。それでも、何人もの方々が、「真実を知ってよかった」「マイケルに謝りたい」などというコメントや拍手をくださったことが、大きな励みと喜びになりました。本当にありがとうございました。

微力で自己満足ではありますが、マイケルの素晴らしさを1人でも多くの人に知ってもらえる助けになれたのなら嬉しいです。


命日が過ぎ、今までの記事も少しづつ整理して、もっと読みやすくマイケルを理解してもらえるように書き直す時間がほしいと思ってます。

そしてこれからは、マイケルの「光」の部分にスポットを当てた記事の方を多く書いて行きたいと思ってます。
今までにも、マイケルの素晴らしい言葉の数々や、彼をリスペクトしてやまない友人・知人・仲間などの言葉をいくつも紹介してきましたが、もっともっとそういうものを書きたいですね。

それに、やっぱりなんといってもマイケルの「音楽」を中心に語りたいです!
私は彼の「音楽」「声」「歌唱力」そして「ダンス」に出会えたことに何よりも感謝しているのですから。本当に素晴らしいアーティストです、彼は。


ところで、追悼番組がいくつか放送された中で、日テレの特番をやっと観ました。録画してあったんですが、まとまった時間がなくて細切れに観てたんです。

マイケルやジャクソン・ファイヴのことをよく知らない人達にとっては、彼らの歴史が結構わかりやすく作られてあったんじゃないかな?
裁判の再現シーンは前回と同じものを使っていたようですが、あれは何回観ても辛いですね;
でも、マイケルの受けた苦しみや嘘がよく伝わる出来だったと思うので、誤解していた人達には是非観てほしい内容でした。

見たくもないバシールが登場したり、シャフェルの映画の宣伝が入っていた事が、ちょっと嫌でしたけど;


フランク・ディレオの言葉と表情が良かったです。

「BADツアーの時、私達は全ての都市で子供病院に立ち寄りました。一つの病院に行っただけではありません。全ての都市で立ち寄ったんです。
そこには命の終わりが近付いている少年がいて、マイケルに会いたがっていました。マイケルはすぐに会いに行き、ずっと話を聞いてあげていました。私はその光景に耐えられなくなり、思わず涙を流してしまいました。そんな私の肩を抱き、『理解しないといけないよ。これが僕達の仕事なんだ。誰かを幸せにすることがね。』と言いました。マイケルは心からそう信じていたんです。

しかし、メディアは好奇の眼差しを変えようとはしなかった。― ← これが悪。


マイケルは、もちろんBADツアー以前からずっとこういうことを続けていましたよね。
自伝「ムーンウォーク」でも言っています。

『ツアーの最中でも、僕は子供達の病院を訪れて、自由時間の多くを過ごします。僕が姿を見せ、お話をし、彼らの言葉に耳を傾け、気分を少しでもよくしてあげられることで、彼らの一日を明るく輝かしいものにしてあげられることができるなら、僕は本当に幸せです。

僕と知り合った親が、子供に数分会ってくれないかと頼んできます。そういう子供と一緒にいると、母がどのように小児麻痺と闘ってこなければならなかったのか、少し理解できたような気になります。

子供達だけは、外見が変わっても内面は変わっていない事実を受け入れてくれたのです。そのことを忘れたことはありません。子供たちは偉大です。もし、僕が彼らを助けて、喜ばせる為だけに生きたとしてもそれで僕は十分なのです。子供達は、驚くべき人間です。本当にびっくりしてしまいます。

僕にとって一番大切なのは、人々を幸せにさせたり、いろいろな問題や悩みから解放してあげたり、彼らの道を照らす手助けをしたりすることです。僕にとってはそれがパフォーマンスです。』


マイケルは、心から「子供」という存在を愛し、大切にしていました。
だからこそ、不幸な子供達を助けずにはいられなかった。自分の幼い頃の寂しさと同時に、母親の病気にもとても心を痛め、そのことが特に病気の子供達への優しい眼差しに影響を与えていたんですね。
マイケルの子供への愛は、決して口先だけじゃなく、純粋で深いものだということがよく理解できます。決して単なる良い人アピールのパフォーマンスなんかじゃないんです。
『子供を傷付ける位なら自分の手首を切る』とまで言った人です。

この純粋さを笑い者にして、悪者や犯罪者にまで仕立て上げた人達は、心からその自分の汚さや醜さを恥じてください。


それと、何度も書いているように、マイケルは自分に与えられた才能に対して神に感謝し、それによって人々に幸せや希望を与えられることにも感謝していました。
誰かを幸せにすることが仕事 ― そんな自覚と誇りを持っていたからこそ、どんな苦しみにも耐える力と強さが育まれたんですね。マイケルのそういうところがあまりにも大きすぎて、眩しすぎて、時には誤解されてしまうこともあったけれど、とうとうその輝きを奪うことは誰にもできませんでした。永遠に。

 

それから、番組内でマーロン兄さんのこんな言葉も紹介されました。

「マイケルは子供達にいつも言っていた。
『人生を当たり前のものだと思うな。信念のない行動など意味がない。』と。
子供達には人生を、他人を尊重することを学んでほしいと願っています。私達もそうやって教えられてきたのです。」

これは小さな子供達にはちょっと難しい言葉のように思います。でもきっと、マイケルの強い思いと信念は子供達に受け継がれているはずです。

私も、ハッとしました!
信念を持って行動したいと思います!(遅いけど;)


『スキャンダルは風化していく。だが、マイケル・ジャクソンが遺した歌は、華麗な踊りは、そしてメッセージは、いつまでも人々の胸に刻まれていくのだ。』

というナレーションで番組は終わりました。
その通りだと思います。


最後にマイケルの言葉を。

― ミケランジェロに、そして彼の仕事への魂の注ぎ込み方に僕は心酔しています。彼には、自分はいつかは死ぬが、自分がやった仕事は生き続けるのだということが、心からわかっていたのです。

― MOONWALK







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